2018年6月14日木曜日

訃報・鈴木紀成くん

サッカー部の鈴木紀成くんが6月13日、がんで亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。ご葬儀の日程は以下の通りです。

◆会場 くらしの友 新横浜総合斎場 222-0033 港北区新横浜1-7-5
            新横浜駅篠原口徒歩3分 ☎045-472-5550
◆通夜  6月17日(日)1800-1900
◆告別式 6月18日(月)1230-1330
◆喪主  妻・文(あや)さん

4 件のコメント:

  1. まるけん 先日はお疲れ様でした。 記事のアップありがとう。 ほんとうにいつもありがとうございます。 感謝です。

    彼は・・・ほんの数名の仲間には、体調のことを伝えてくれていました。

    心優しい ナイスガイ の のりしげ

    うちの娘が病気の時は、とても世話になったね。
    名医のコメントは、親にとっては、百万の味方を得たに等しい。

    やんちゃだったオレを、「いい加減にしなさい」と本気で叱ってくれた
    お袋さんにも世話になった。うまいメシも食わせてもらったね。

    誰もが完全復活を信じて疑わなかった つい先日のこと。
    腹を抱えて爆笑していた姿は、、、なんだったの??
    この日の訪れを知っていて、仲間の瞼に焼き付けていたのなら。。
    あまりにも、カッコ良すぎて、、、言葉を失うね。

    年賀状に書いてあった、
    「仕事はほどほどにな。家族と過ごす時間こそ人生だぞ。」
    それは、のりしげ の言葉だったじゃないか。。。

    この2年間、本当に辛かったろうけど、
    懸命に、懸命に、生き抜いたね。 常人にできることじゃない。
    まじで、すげえ。

    直接 お別れしないと とても心が現実に追い付かない。
    ほんの少しだけ、まだ 行くのを待っていてくれる?

    今村英治

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  2. 2015年の紀成くんメッセージ2018年6月14日 17:20

    脳外科だった紀成くんが2015年の同期会直後、このブログに寄せていたメッセージがあります。K洋美さんが教えてくれました。きっと、すでに闘病は始まっていたのだと思います。謹んで再掲します。

              ◆

    アラフィフの我々に大事な事は、健診を受けて己の悪いところを自覚し、
    今すぐ対処することです。脳卒中やそれに伴う認知症は急には起こりません。
    若い頃からの高血圧や糖尿、喫煙を長年放置した結果起こるのです。
    ですのでこれらに当てはまる人は、すぐに治療しましょう。
    最低1日30分の歩行、腹八分の食事を心がけ、病気は放置しないこと!
    4,50年先の同窓会まで、みんなで元気に会いましょう!

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  3. とあるご家族の父の日

    中学生のお嬢さんは、「パパは友達多いな~」と思ったことでしょう。

    のりしげ とのお別れに、
    ざっと思いつくだけでも集まった翠嵐OBは30名を超えていました。
    意外な交流も発見し、「なんとなく仲がいい友達」「旦那の友達」に加え、
    「のりしげくんは、元カレだから」
    などという声も聞かれました。

    お母上の「最後まで息子の傍にいてあげてくれる?」というお言葉に便乗し、
    約20名のずーずーしい仲間たちが、
    ご家族の精進落しまで、身内としてご一緒させて頂きました。

    翠嵐の最大派閥、S野Kくんら、地元の六中卒業生の献杯により、
    のりしげを偲ぶ会となりました。
    一人一人、みんなが、のりしげと対面し、締めは、盟友K口くんの演奏による
    ハーモニカ葬にて、温かく、それはそれは、温かく送ることができました。
    優しいハーモニカの音色に、みな、涙を堪えることができませんでした。

    S古先生によると、
    「最期がいつになるか、のりしげが分からないはずがない。
    100%知っていたはず。」
    とのことです。

    心の整理がついて、区切りとすることができました。
    のりしげに会いに来てくれた 皆様、遠路、大変お疲れ様でした。

    今村

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  4. 喪主からのお手紙2018年6月19日 0:09

    会葬者がそろって涙したのは、紀成くんの奥様からのお手紙だったそうです。そこには51年の人生を精一杯生きた紀成くんの姿が、見事に凝縮されていました。
    紀成くんはサッカーのほかにも登山、水泳、自転車、スキーと何でもやっていて、脳神経外科医としての勤務中にも4㌔のアンクルウェイトを付けて体力を培っていたそうです。合理的であることより、人として心ある行いを重んじ、自らの労を厭わず己のことは後回しにする生き方をしてきた――。妻は夫をそう見ていました。
    しかし、ちょうど2年前の6月、病魔に襲われました。やはり、同窓会の頃にはまだ、病いに気づいていなかったようです。諦めることなく闘病を続けた彼は、いよいよ意識が混濁してもベッドを囲む家族をまるで観察でもするように、大きなまなこをぱっちりと開いて、「みんな、ありがとう」「ありがとう」と言い残してから旅立ったそうです。
     一人娘のお嬢さんは、紀成くんの希望で、「平成の三四郎」古賀稔彦の道場に6年間通っているそうです。奥様の文章は「娘が、主人のように、どんな時にも大きな優しい心で人を包み、美しい志をもつ人に育つよう、皆様には、この先も変わらぬお力添えをいただけましたなら、幸甚に存じます」と結ばれていました。

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